あの時を心に刻む (67)
仮設の建設状況を背景に 町民の避難生活の拠点が定まった。 いわきに約6,000人、郡山・三春・ 大玉を合わせて約3,500人、その他 県内各市町村に約1,000人、県外が 4,000人強といった富岡町民の避難地分布(2014年10月)が描き出されることになった。県外の避難先は全国全県に及んでいた。
ひとまずの居場所は決まったものの、避難生活の長期化への見極めとともに郡山からいわきへ、逆にいわきから郡山へといった、再移動が見られるようになる。また、仮設を出て公営住宅に住むか、自分で建てるか、あるいは賃貸でといった決断をする町民も出てくる。それとともに 町の支援は、住宅支援から生活支援へと重点を移していくことになる。
富岡町 「東日本大震災・原子力災害」 の記憶と記録 2011.3.11-2014.3.3 より転載
【あの時を心に刻む】
日本中が恐怖に震えた福島第一原発事故
もう二度とあんな事が起こらないように
祈りを込めて
毎週火曜日に掲載します。
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