あの時を心に刻む (98)
避難先の田村市総合体育館では、何度も夜中に「悪い夢を見た」と思って目覚めました。そして横を見ると教育長や町議会議長が寝ている。「夢ではなくこれが現実なのだ」と思いました。毎朝、「今日は どんな一日になるのか」とその日のことすら見通せませんでした。町として町民に説明する必要があるので、国の担当者に「今、我々が置かれている現状を毎日、責任持って報告してください」と言いましたが、結局、主な情報源はテレビでした。確たる情報がない中、町民も職員も、また受け入れ先の自治体の皆さんも大きな不安を抱えていました。
パンなどの食事が続いたある日、「今日はご飯とお味噌汁です」というアナウンスに避難所内から 歓声が上がったこと。避難から5日ほど経って自衛隊が風呂を設置してくれたとき、浴場の中から久しぶりに町民の笑い声を聞いたこと。田村市の方が「何の援助もできないけど」と言いながら、軽トラックに米と灯油を積んで持ってきてくれたこともありました。そのような一つ一つの出来事をうれしく思うと同時に、置かれた状況の厳しさを実感しました。
【あの時を心に刻む】
日本中が恐怖に震えた福島第一原発事故
もう二度とあんな事が起こらないように
祈りを込めて
毎週火曜日に掲載します。
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