あの時を心に刻む (124)
復興への決断 (3)
大熊側の施設面積は11㎢、居住地の約3分の1に及ぶ。家や土地、地域の町並みを失う地権者はもちろん、町としても受け入れれば震災前の町の姿を取り戻すことはかなわなくなる。施設の受け入れは、 すべての町民に影響する、町として大きな判断だった。 受け入れを経た平成27年3月、町は「第二次復興計画」を策定した。復興の中心に据えたのは南部の大川原地区。人口比で言えば震災前の町民の3.3%しか住んでいなかった地域だが、町内では放射線量が低く、除染も完了している。
一方、東側は帰還困難区域で中間貯蔵施設建設予定地も広がる。大川原地区を足がかりに、帰町を望む町民や移住希望者の居住環境を整え、除染の進捗や線量の推移を見ながらいずれその範囲を拡大していく方針だ。大川原地区ではすでに東京電力の給食センターが稼働し、太陽光発電施設の竣工、廃炉関連事業所の開設、東京電力社員寮の整備などの事業が進む。平成28 年4月からは町大川原連絡事務所が開設され、日中は3人の職員が常駐するようになった。平成28年 8月には特例宿泊を実施し、震災後初めて夜の町内に民家の明かりが灯った。平成30年度中には新しい役場庁舎が完成する予定だ。
【あの時を心に刻む】
日本中が恐怖に震えた福島第一原発事故
もう二度とあんな事が起こらないように
祈りを込めて
毎週火曜日に掲載します。
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