あの時を心に刻む (41)
ビッグパレットふくしま避難所 (12) 救護班(救護所/診療所)
救護所は大混雑となった。一番の要望は薬だった。普段飲んでいたものを持って来なかった、持っていた薬が無くなったなど、200人から300人ぐらいがやってきた。だが当時あったのは市販の薬が少しと、川内村にいた間に調達したもの。そこに富山県などの薬剤師会からの支援で風邪薬や胃腸薬などの市販薬がどっさり届いた。治療が必要ではない人たちには、これらの薬を出してその場をしのいだ。しかしこれではどうにもならない、と思った。そこに富岡の医師たちが駆け付けてくれた。ホッとした。これで救護所の運営 体制が整った。
医師チームは19日からラウンド(巡 回診療)を始めた。避難者がいる1階から3階まで、全部見回った。かかりつけの医師の顔を見て、体が弱って いたり持病を抱えたりしていた町民は安堵することができた。特に家族がいない、車がない人などにとって「この中に先生がいる」という安心感は大きかった。
富岡町 「東日本大震災・原子力災害」 の記憶と記録 2011.3.11-2014.3.3 より転載
【あの時を心に刻む】
日本中が恐怖に震えた福島第一原発事故
もう二度とあんな事が起こらないように
祈りを込めて
毎週火曜日に掲載します。
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